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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)2420号 判決 1976年4月27日

原告

宮沢徹

ほか二名

被告

有限会社寿家

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告らの連帯負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告ら訴訟代理人は、「被告は、原告宮沢徹に対し金三〇〇万円及びこれに対する昭和四七年三月二九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、原告宮沢伴好に対し金二〇四万三、〇五二円及び内金一六二万六、五一一円に対する昭和四七年三月二九日から、内金四〇万二、二二一円に対する昭和五〇年六月二五日から、内金一万四、三二〇円に対する同年九月一〇日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、原告宮沢信子に対し金一〇〇万円及びこれに対する昭和四七年三月二九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は、主文第一項、同旨及び「訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。

第二請求の原因

原告ら訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

一  事故の発生

原告宮沢徹(当時七歳六月)は、昭和四三年八月一四日午後三時三〇分頃、世田谷区桜丘五丁目四六番先の小田急電鉄踏切附近路上を、東側(新宿駅方向)から西側(祖師谷大蔵駅方向)に徒歩で横断中、進行方向右方から走行してきた被告の従業員関直栄運転に係る自動二輪車(世田谷は一二―七九号。以下「被告車両」という。)に衝突され、負傷した。

二  原告宮沢徹の傷害の部位、程度及び治療経過

原告宮沢徹は、本件事故により胸部打撲傷の傷害を受け、昭和四三年八月一五日(本件事故当日)から同月二〇日まで千歳診療所に通院して治療を受けたところ、同月二〇日頃、右傷害を原因として喘息性気管支炎、肺気腫を併発したため、同年八月二一日から昭和四五年七月二九日まで関東中央病院に、昭和四三年一〇月二六日から昭和四六年三月一日まで矢野病院にそれぞれ通院して治療を受け、同年七月七日から同年八月一七日まで関東逓信病院に入院し、なおこの間、昭和四四年三月三一日から昭和四五年六月八日まで綱島温泉において、また、昭和四六年一〇月二一日から同年一一月二日まで積翠寺温泉において入浴治療を行い、更に、昭和四六年六月一六日以降現在に至るまで、関東逓信病院、慶応義塾大学病院、東京都立梅ケ丘病院、順天堂医院、野崎医院及び矢野医院に通院して治療を受けたが、喘息性気管支炎は、いまだ治癒するに至つていない。

三  責任原因

1  運行供用者責任

被告車両は、被告代表者の所有であつて、被告が自己のため運行の用に供していたものであるから、被告は自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)第三条の規定に基づき、本件事故により原告らの被つた損害を賠償すべき責任がある。

2  債務引受

仮に、1の主張が認められないとしても、関直栄は、前方不注視の過失により本件事故を惹き起こしたもので、民法第七〇九条の規定に基づき、本件事故により原告らの被つた損害を賠償する責任があるところ、被告は、昭和四三年八月末頃、原告らに対し、損害金の一部として金一〇万円を支払い、今後生ずる原告らの損害の一切を被告において負担する旨約して関の右損害賠償債務を重畳的に引き受けたものであるから、被告は原告らに対し右債務を支払うべき責任がある。

なお、仮に、原告ら主張の被告車両が被告が事故届の際虚偽申告したもので、真の加害車両はこれとは別の車両であるとしても、被告が関の右損害賠償債務につき債務引受をしたことには変りがない(被告の虚偽申告の事実は、むしろ、債務引受をした証左である。)。

四  原告らの損害

本件事故により原告らの被つた損害は、次のとおりである。

1  原告宮沢徹の慰藉料

原告宮沢徹は、本件事故による胸部打撲傷及びこれに基因する喘息性気管支炎等のため、前記のとおり入・通院を余儀なくされたが、喘息性気管支炎はいまだ治癒せず、日夜その発作に苦しめられ、学校は殆んど欠席せざるをえないため、学業がかなり遅れるに至つており(小学校課程の一部は、世田谷区立養護学園で治療のかたわら教育を受けることを余儀なくされた。)、この様な状態は、今後長期にわたり継続することが明らかで、原告徹の喘息性気管支炎は果たして全治するか否かも不明であり、同原告が現在及び将来にわたつて被る精神的打撃は甚大であつて、これに対する慰藉料としては金三〇〇万円が相当である。

2  原告宮沢伴好及び原告宮沢信子の慰藉料

原告宮沢伴好及び原告宮沢信子は、原告宮沢徹の父母で、一人息子である同原告の将来について多くの期待をかけていたところ、原告徹は、本件事故に基因して発生した喘息性気管支炎のため、前記の状態にあり、現在の症状が続くかぎり将来通常の社会人として生活し、活動しうる可能性は少なく、このため原告宮沢伴好及び原告宮沢信子が被つた精神的打撃は甚大であつて、これに対する慰藉料としては、右原告両名につき、それぞれ金一〇〇万円が相当である。

3  原告宮沢伴好の治療費支出等

原告宮沢伴好は、

(一) 昭和四三年八月一五日から昭和四七年一月二五日までの原告宮沢徹の入・通院等治療費として金三一万四、四五一円を支出したほか、同原告が前記疾病のため小学校において通常の教育を受けることができないので学力補充のため、同原告に世田谷学習教室で特別学習を受けさせ、その昭和四六年三月から同年五月までの費用金三万八、〇六〇円を支出し、その合計金三五万二、五一一円の損害を被つたところ、関直栄から金二万六、〇〇〇円、被告から金一〇万円の支払を受けたので右金員を差し引いた金二二万六、五一一円を請求する。

(二) 原告宮沢徹の治療のため、関東逓信病院、慶応義塾大学病院、都立梅ケ丘病院、順天堂医院及び野崎医院への通院交通費、大林薬局及び浜坂工業への交通費、原告徹の三浦養護学園への通園交通費、警察・検察庁への本件事故の調査・出頭のための交通費等として合計金四万八、二〇〇円を支出し、更に、本件訴訟活動のための謄写料として金三万四、〇〇〇円、医師五十嵐新に対する鑑定料として金五万円、昭和四七年一月二六日から昭和四九年一二月一二日までの原告徹の治療費及び薬代として金二七万二一円を支出し、以上合計金四〇万二、二二一円の損害を被つた。

(三) 昭和五〇年四月一六日から同年八月九日までの間において、原告宮沢徹の野崎医院及び矢野医院での治療費及び通院交通費として金一万四、三二〇円を支出し、同額の損害を被つた。

4  弁護士費用

原告らは、被告が原告らの請求に対し言を左右にして、前記金員を支払つた以外には任意支払に応じないので、やむなく、辞任前本件訴訟代理人弁護士中井宗雄に本訴の提起、追行を委任し、同人に対し、原告宮沢伴好は、原告三名分着手金として金一〇万円を支払い、本訴終了後同じく謝金として金三〇万円を支払う旨約した。

五  よつて、被告に対し、本件事故による損害賠償として、原告宮沢徹は、前項1の金三〇〇万円及びこれに対する本件事故発生の日の後であり、本件訴状送達の日の翌日である昭和四七年三月二九日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告宮沢伴好は、前項2ないし4の損害金合計金二〇四万三、〇五二円及び右金員のうち前項2、3(一)及び4の合計金一六二万六、五一一円に対する前記昭和四七年三月二九日から、前項3(二)の金四〇万二、二二一円に対する昭和五〇年六月二五日から、また、前項3(三)の金一万四、三二〇円に対する同年九月一〇日から(右昭和五〇年六月二五日及び同年九月一〇日はいずれも本件事故発生の日の後であり、本件訴状送達の日の後である。)各支払済みに至るまで前同率の割合による遅延損害金の支払を、また、原告宮沢信子は、前項2の金一〇〇万円及びこれに対する前同様の日である昭和四七年三月二九日から支払済みに至るまで前同率の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

第三被告の答弁

被告訴訟代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

一  請求の原因一の事実中、被告の従業員関直栄の運転する車両が、原告ら主張の日時及び場所において原告宮沢徹に衝突し、原告徹が傷害を受けたことは認めるが、関の運転していた車両が被告車両であることは否認し、その余は知らない。関は、被告車両ではなく、被告の営業所の近所で自転車屋を経営する木梨作三が顧客から修理を依頼されて保管中のスーパーカブと称する原動機付自転車を、木梨から借りて運転中本件事故を惹き起こしたものである。

二  同二の事実は、知らない。

三  同三1の事実は、争う。本件事故当時、関が運転していた車両は、被告車両ではなく、被告営業所の近所にある木梨作三経営の自転車屋が顧客から修理を依頼され保管していたスーパーカブと称する原動機付自転車であり、しかも、関は被告の定休日を利用して釣堀りに遊びに赴くため、右原動機付自転車を借用し、これを運転中、本件事故を惹き起こしたものであつて、被告が右原動機付自転車を自己のため運行の用に供していたものではないから、被告は運行供用者責任を負うべきいわれはない。仮に、被告車両が被告代表者一杉福三の所有であつても、本件事故当時、関が運転していたものではないから、被告に責任はない。

同三2の事実中、被告が原告らに対し金一〇万円を支払つたことは認めるが、その余は否認する。被告が原告らに対し支払つた金員は全て単なる見舞金にすぎない。仮に、そうでないとしても、被告は関直栄の原告らに対する損害賠償債務を立て替えて支払つたものである。仮に、被告が債務引受をしたとしても、被告は既に支払つた金一〇万円の範囲内で関の債務を引き受けたにすぎない。

四  同四の事実は、いずれも知らない。

第四証拠関係〔略〕

理由

(事故の発生、加害車両等)

一  原告ら主張の日時及び場所において、被告の従業員関直栄の運転する車両が原告宮沢徹に衝突し、同原告が傷害を受けたことは本件当事者間に争いがなく、証人関直栄の証言によると、本件事故は、関の運転車両に先行していた車両が進路前方にある小田急線踏切のしや断機の電車通過による閉鎖のため、四、五台続いて停止したので、関が自車の進路を停止車両の右側に変え、道路中央より右側部分を時速約一二・三キロメートルで進行中、原告徹が右停止車両の間から関の進路前方に道路を横断しようとして出てきたため惹き起こされたものであることを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

ところで、本件事故当時、関直栄の運転していた車両につき当事者間に争いがあるので、この点につき審究するに、証人木梨作三の証言により成立の認められる乙第一号証、成立に争いのない同第二号証及び被告代表者一杉福三本人尋問の結果により成立の認められる同第五号証並びに証人関直栄、同木梨作三及び同斎藤八郎の証言、原告宮沢信子及び被告代表者一杉福三本人尋問の結果並びに世田谷警察署長に対する調査嘱託の結果に弁論の全趣旨を総合すると、関直栄は、本件事故当日、同人の勤めている飲食店を営む被告の店が休業日であつたため、昼食をとりに外出したが、その帰途、釣堀に遊びにいくため、被告の飲食店の近くで、木梨サイクルの商号で自転車屋を経営している木梨作三宅へ立ち寄り、同人が安津畑豊吉(当時木梨作三は同人の名前を知らなかつた。)からパンク修理を依頼され、修理後保管していたスーパーカブと称する原動機付自転車(さ三〇―四九号。以下「安津畑車」という。)を木梨から借りて運転し、釣堀へ向かう途中において本件事故を発生させた(なお、被告と安津畑とは何らの面識もない。)事実を認めることができ、甲第二号証(交通事故証明願)中「車両番号世田谷区は一二七九号」との記載部分は、前掲各証拠に照らし措信できず、他に右認定を覆し、関直栄が被告車両を運転していたとの原告ら主張事実を認めしめるに足る証拠はない。

(運行供用者責任の有無について)

二  原告らは、本件事故当時関の運転していた車両が被告車両であることを前提として被告の自賠法第三条の規定に基づく責任を主張するけれども、関運転に係る車両が被告車両ではなく、安津畑車であることは前項認定のとおりであるから、原告らの右主張はその前提において既に失当というべく(なお、附言するに、前示事実関係のもとにおいては、被告が本件事故当時安津畑車の運行につき運行支配ないし運行利益を有していたものとは、到底認めることができないから、被告がこれを運行の用に供していたものともいうことはできない。)したがつて、原告らの自賠法第三条の規定による請求は、理由がないものといわざるをえない。

(債務引受の有無について)

三  叙上認定の本件事故発生の状況にかんがみると、本件事故は、先行車が踏切閉鎖のため一時停止しているのに、関直栄が漫然停止車両の右側に出て、進路前方の安全を十分確認することなく走行した過失により発生したものと認められるから、関が民法第七〇九条の規定に基づき本件事故による原告宮沢徹の傷害に基因する損害を賠償する責任を負うことは明らかであるところ、原告らは、被告が関の右損害賠償債務を重畳的に引き受けた旨主張するので、以下この点につき検討する。

証人関直栄の証言及び原告宮沢信子並びに被告代表者一杉福三各本人尋問の結果(原告信子及び被告代表者本人尋問の結果中後記措信しない部分を除く。)に弁論の全趣旨を総合すると、被告代表者一杉福三は、本件事故の日の翌日、原告宮沢徹が本件事故により被つた傷害につき千歳診療所で診察を受けるに当たり、関直栄及び原告宮沢信子と共に千歳診療所へ赴き、その際治療費等として金二万円を同診療所に預けたこと(後日、治療費は金六、〇〇〇円であることが判明したため、被告代表者は金一万四、〇〇〇円を同診療所から返済を受けた。)、被告代表者一杉は、加害車両が被告の所有車両でなく、木梨作三が他から修理を依頼され保管中の車両であることを知りながら、関が本件事故発生を警察へ届け出るに際し、木梨に迷惑がかからないようにするためと加害者である関が自己の店の従業員であることをも合わせ考え、加害車両を被告が日常営業に使用していた被告車両として虚偽の届出をなさしめ、更に、本件事故が被告の従業員により惹き起こされたものであるため(被告は、従業員四名程度をかかえる飲食店であり、関は、本件事故当時、被告方に住込み就職して二年目の従業員であつた。)、原告らの損害賠償関係を未解決にしておいた場合の被告の営業に対する悪影響を慮り、本件事故の数日後、原告ら方を見舞に訪れ、本件事故については自分が面倒をみるから安心されたい旨原告らに告げたところ、原告信子からその旨の念書を持参するよう要求されたため、自己が全責任を取る旨を内容とする念書を認め、原告ら方に持参したが、原告信子から念書を持参する以上金一〇万円位の金員は用意してくるべき旨いわれ、所持していた金五万円に、同行していた関直栄をして被告代表者宅から取り寄せた金五万円を加えた合計金一〇万円を原告らに対し支払い(叙上事実中、被告代表者が原告らに金一〇万円を支払つた事実は、当事者間に争いがない。なお、被告代表者一杉は、右金員の支払で十分と考え、結局念書を差し入れなかつた。)、右金員を支払つた後も、原告信子からの示談の呼びかけに応じて何度か原告ら方へ交渉に赴くなどしていること、以上の事実を認めることができ、原告宮沢信子及び被告代表者一杉福三各本人尋問の結果中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし、たやすく措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。被告は、前記金一〇万円は、見舞金又は関の損害賠償債務の立替金として原告らに交付した旨主張するが、叙上認定の被告代表者が千歳診療所に原告宮沢徹の治療費等を支出したほか、金一〇万円を原告らに交付するに至つた経緯に徴すれば、被告の交付した金一〇万円をもつて単なる見舞金又は立替金と認めることはできない。

以上認定の事実に徴すれば、被告は、単に道義的立場から賠償問題解決に努力したにすぎないものではなく、前記念書を原告らに差し入れようとした時点において、関の損害賠償債務を重畳的に引き受けたものと認めるのが相当である。被告は、仮に債務引受をしたとしても、既に支払つた金一〇万円の範囲内に限られる旨主張するが、被告代表者一杉福三本人尋問の結果によるも右事実を認めるに足りず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

(原告宮沢徹の受けた傷害及び原告らの損害)

四  成立に争いのない甲第七号証ないし第九号証、第二三号証ないし第二五号証、乙第三、第四号証、第七号証の一、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第七号証の二並びに原告宮沢信子本人尋問の結果及びこれにより成立の認められる甲第一〇号証の一ないし七、第一四号証の一、二に弁論の全趣旨を総合すると、原告徹は本件事故により軽度の腫脹を伴うが圧痛及び発赤もない頭部打撲並びに軽度の腫脹及び圧痛を伴うが発赤もない胸部打撲の傷害を受け、本件事故の日の翌日である昭和四三年八月一五日から同月二〇日まで千歳診療所に通院して湯田医師の治療を受けていたが、本件事故から四、五日経過後、喘息性気管支炎の症状が発現したため、同年八月二一日から関東中央病院に転院し、更にその後関東逓信病院その他の病院、医院等を転院しながら右疾病及びこれに伴う肺気腫の治療を受けたが、今日に至るまで快癒していないことが認められ、これに反する証拠はない。原告らは、原告徹の右喘息性気管支炎及び肺気腫は、本件事故による胸部打撲を原因とする旨主張するが、前掲甲第二五号証及び乙第三号証並びに証人兼鑑定人大倉節子及び同矢野成敏の各証言及び鑑定の結果並びに被告代表者一杉福三本人尋問の結果に徴すれば、原告徹の本件事故による前記受傷(胸部打撲症等)と喘息性気管支炎及び肺気腫との間には到底因果関係を認めることはできず、原告ら挙示の全証拠によるもこの認定を覆し、原告らの上叙主張事実を認めしめるに足りない(なお、乙第四号証の記載も同号証の作成者である証人兼鑑定人大倉節子の証言及び鑑定の結果に照らし、叙上認定を妨げる資料足りえない。)。また、甲第二八号証によると、昭和四七年七月の検査において、原告宮沢徹の脳波に軽度の異状を認めた旨の記載があるが、証人兼鑑定人大倉節子の証言及び鑑定の結果によると、これより以前の昭和四三年一〇月の関東中央病院における原告宮沢徹に対する脳波検査では異常がなかつたことが明らかであるから、叙上の脳波異常が本件交通事故に基づくものとも認めることはできない。

したがつて、原告らが被つた本件事故と因果関係のある損害は、胸部及び頭部打撲傷に基因するものに限られるところ、原告宮沢信子本人尋問の結果によると、原告徹は関東中央病院へ転院した際胸部打撲治療のため湿布薬一週間分の処方を受けたことを認めうるが、これ以後胸部及び頭部打撲傷の治療を受けたことを認めるに足る証拠はなく、これと前記認定の右傷害の程度にかんがみると、右傷害自体は遅くとも関東中央病院に転院した昭和四三年八月二一日から一週間後には治癒したものと推認すべきである。よつて、右期間中に原告らの被つた損害額についてみるに、千歳診療所における原告徹の頭部及び胸部打撲傷の治療費は金六、〇〇〇円であること前記認定のとおりであり、これに前掲甲第七号証、前記原告徹の傷害の部位、程度、治療期間、本件事故の態様その他本件に顕われた諸般の事情を総合考慮すると、原告徹の慰藉料並びに千歳診療所及び関東中央病院における同原告の頭部及び胸部打撲の治療費の合計額は金一〇万円を超えないものと認めるのが相当であり、右認定を覆すに足る証拠はない。また、原告徹の前記傷害により原告宮沢伴好及び同宮沢信子の被つた精神的苦痛が、原告徹が生命を害された場合に比肩すべきか、又は右場合に比し著しく劣らない程度のものとは到底いいえないから、原告宮沢伴好及び同宮沢信子の固有の慰藉料請求は、これを認めえないものといわざるをえず、原告宮沢伴好が被つたと主張するその余の損害も前記説示したところから、本件事故によるものと認めることはできない。

してみると、被告が関の損害賠償債務を重畳的に引き受けたことは前記認定のとおりであるけれども、右引き受けた損害賠償債務は、被告において既に本件訴訟の提起前において履行済みであるといわなければならない。

(むすび)

五  以上の次第であるから、原告らの本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないから、これを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九三条第一項ただし書及び第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 武居二郎 信濃孝一 馬淵勉)

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